ちょこっとのヒマツブシ/ショートショート略して「ちょこヒマ」

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ショートショートストーリー『プロ野球選手の人気』

time 2015/12/25

ショートショートストーリー『プロ野球選手の人気』

プロ野球選手の人気

 

「やっぱりこの店に入るんじゃなかった……」

 カウンターの片隅で、バーボンのロックをあおりながら後悔した。 ドアを開けた時点で、あいつがいることには気づいていた。 引き返しそうかとも思ったのだが、そうすると負けを認めて逃げたことになる。それが嫌だったのだ。

「タチカワさんですよね。サインして頂けませんか?」

 さっき来たばかりの若い男たちが、あいつに話かけている。苛ついて一気にグラスを飲み干した。

「サインだなんて……。僕はもうそんな立場じゃないし」

「お願いします。大ファンだったんです」

 あいつは元プロ野球選手だ。とは言っても、大した選手だったわけではない。一軍と二軍を往復するだけで、実績なんて残しちゃいない。一軍に上がれたのも、人気の後押しのおかげだ。 高校時代から何故か人気があり、引退した今でもこうやってファンに取り囲まれている。

「マスター、もう一杯!」

 イライラして、貧乏ゆすりのようにカウンターを指で小刻みに弾く。

「気にしない方がいいですよ」

 隣の男が声を掛けてきた。その時初めて隣に客が座っていたことに気づいた。いつからいたのだろう?

「彼は、人を惹き付ける何かを持っていますから」

 何も知らないくせに、という言葉が口から出るのを何とか抑え込む。

「知ってますよ。元シャイニーズのサワダ選手ですよね」

 俺の心の声を聞いたかのように、男が落ち着いた口調で囁いた。俺のことを知っていた。 実は俺も元プロ野球選手だ。あいつと同じようにまともな実績も残せないまま引退した。

「ミタ球場で打ったホームラン、見事でした。ライナーでレフトスタンド中段に吸い込まれて」

 俺が現役時代に打った唯一のホームランだ。そんなことまで覚えているなんて、かなりの野球通のようだ。

「サワダさんは、タチカワ選手と同い年ですよね。気持ちはわかります。何故、彼だけが注目されるのか。それも学生時代からずっと」

 その通りだ。嫉妬だ。自分でもわかっている。しかし、それを面と向かって言われると腹が立つ。誰に向ければいいのかわからない怒りが、行き場をなくして身体中を彷徨う。

「でも、彼の方が特別なんです。人を惹き付けるオーラを持っています。一度会うと、二度と忘れられないくらいのインパクトを残す。そんな人、他にはいません。別にサワダさんの影が薄い訳ではありません」

 俺のことを覚えていてくれたことは嬉しいが、ここまでズケズケと言われると話は別だ。行き場がなかった怒りが、この男の方に向かい始めた。

 「実力はサワダさんの方が上でした。だからこそ悔しいんでしょうね。自分の影が薄い気がして。でも野球選手は人気より実力です。それで優っているのですから、気にすることはありません」

 我慢も限界に近づいてきた。素人が知ったような口を利きやがって。  

「今、素人のくせにと思われました?  素人ではないんですよ。実は私も昔プロ野球で投手をやっていたんですよ。でも、ご存知ないでしょうね」

「え?」

 隣の客の顔をじっとみる。俺と同い年くらいか? とても元プロ野球選手には見えないし、記憶にもない。

「私は昔から影が薄かったので、誰も覚えてくれてないんですよ。だから言ったでしょう。サワダさんの影が薄い訳ではないって」

 そういうことか。こいつは自分の影が薄いことを気にしていたから、あなことを言ったのだ。俺なんかがタチカワを気にしていることに腹を立て、嫌みを。落ち着いた顔をしているが、結局こいつも嫉妬しているだけだ。

「私が嫉妬していると思いました? そんなことありません。慣れていますから。完全に諦めてしまうほど影が薄いのです」

 諦めてるって? あの嫌みったらしい言葉、気にしている証拠じゃないか。

「こう見えても、それなりに一軍で活躍してたんですよ。それが大事な試合で格下の実績のない選手にホームランを打たれてまして。それで信頼をなくしたのか、登板が減って結局引退」

 男はグラスに口をつけ、間を置いから続きを話し始めた。

「その相手にとってはプロで打った唯一のホームランだったのですが。いえいえ、私の影が薄いのが悪いのです。でも思い出すなあミタ球場。いや、気になさることはありません。ただ……さすがに少し……」

あとがき
 復帰後の初作品です。久しぶりだったからか、書き上げるまでに時間がかかりました。ショートショートを書き上げるのが、こんなに大変なことだったなんて……
 

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真坂まえぞう

真坂まえぞう

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病気のため長らく放置しておりました。ドメイン一旦失効してしまい、皆様には本当にご迷惑をおかけしました。心からお詫び申し上げます。 何とか一年半ぶりに再開することができました。今後ともよろしくお願いいたします。

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